その1 コミュニティ・アイ第13号 掲載
 承和9年4月(842年)参議小野篁(おののたかむら)が陸奥の国司に任ぜられて赴任の途次、京都伏見稲荷山の御分霊を陸奥に※1勧請(かんじょう)するために、長櫃(ながひつ)に納めて下降する。途中で、一行が千貫松の山麓の近くの橋に差しかかるや、長櫃に納めた御分霊が白狐となって八声鳴いて武隈の森深く、姿を隠して行方が知れなくなった。篁卿は此処が御分霊のお告げによる場所であると信じて、社を建てて祀ったのが、そもそも竹駒神社の起源である。  
 竹駒神社は日本三稲荷のひとつとして広く知られ、※2倉稲魂神(うかのみたまのかみ)・※3保食神(うけもちのかみ)・※4稚産霊神(わくむすびのかみ)の三柱の神々を祀っている。  わたしたち岩沼市民にとって切っても切れぬ、まさに「岩沼の宝」であります。
  今回、改修工事が始まったのは、拝殿の前に建つ向唐門。天保13年(1842)の建築と言われています。総欅素木造の一間一戸四脚向唐門で、正面の※5虹梁(こうりょう)をうけて左右に雲竜の彫刻があり、唐獅子の木鼻を突出しています。軒唐破風の※6兎毛通(うのけどお)しに左右の茨(いばら)いっぱいに鳳凰の透かし彫を見せ、虹梁上の欄間にも竜虎の彫刻を伺うことが出来ます。  7月から始まった工事は、各個所に番号をふる番付けが終わり、いよいよ屋根の銅板を外し始めました。工期は平成21年4月までの予定ですが、様々な要素で大きくずれる事もあるとのことです。
※1 神仏の分霊を迎え祀ること ※2 お米の神様 ※3 食べ物全般の神様 ※4 養蚕の神様 ※5社寺建築における梁の一種で、虹のようにやや弓なりに曲がっている ※6 唐破風の中央に取り付ける懸魚(げぎょ)    懸魚とは屋根の破風の中央および左右にさげて棟木や桁の先端を隠す装飾

【参考文献】  岩沼物語 佐々木喜一郎著  岩沼の民話 岩沼市老人クラブ連合
【取材協力】  鹿島建設梶@東北支店 
屋根の銅板がはがされ、正面の鬼瓦が外される様子
 その2 コミュニティ・アイ第14号 掲載
鹿島建設 佐藤 啓 さん
銅板、屋根板が剥がされ、
骨組みが現れました。
 その3 コミュニティ・アイ第15号 掲載


          秋季大祭
 今年も九月の二十二・二十三日の両日に渡り、恒例の秋季大祭が行われました。豊穣の秋を迎えて御神恩に感謝を捧げるまつりです。  今から六十五年前の一千百年祭以来、古文献にのっとり復興された秋まつり、そもそも秋分の日に合わせて行われていましたが、現在では第四土日に開催されるようになりました。  小神輿五基(本宮・青龍・白虎・朱雀・玄武)や市内子ども会のたる神輿が多数繰り出し、竹駒神社に集まってくる様子は、まさに岩沼市の歴史そのものであり、後世に伝えたい大切なおまつりと言えるでしょう。 
【取材協力】  竹駒神社  鹿島建設鞄喧k支店


 
 七月から始まった唐門改修工事も、早いもので三ヶ月が経ちました。現在では大きな屋根のほとんどが外された状態となりました。取り外された部材は、腐朽部の調査の後、修理されると言うことです。 「思った以上に木材の歪みが大きく苦労した。」と鹿島建設の佐藤所長。今後はさらに解体を進めて十月中旬には四本の柱も取り外され、その後岩沼市の発掘調査が始まるとのことです。屋根が解体され虹梁(こうりょう)が見えます。 奥に見えるのは随身門。

その4 コミュニティ・アイ第16号 掲載
  

その7 コミュニティ・アイ第19号 掲載

 唐門改修工事の特集も今回で第7回を迎えました。  新春には、竹駒神社へ初詣に出 掛けられた方も多いと思いますが写真の通り、唐門はすっかりなくなり、建築される天保13年(1842)以前の状態となりました。
今年の初詣の人出は、約43万7000人と昨年より も増えたそうです。天候に恵まれたことも良かった様 です。1月14日には、どんと 祭が行われ11万5000人の人出があり、裸参りで有名な大崎八幡を上回る賑やかなものとなりました。この後も2月7日の旧正月、3月19日の初午と続き神社では準備に追われ まだまだ忙しい日々が続き そうです。岩沼市民にとって縁の深い竹駒神社に遠方からも多くの人が訪れることは大変喜ばしいことではないでしょうか…。  現在、工事の方は、初詣の為に舗装した部分を再度、掘り起こし基礎工事に入るとのことです。  これからは唐門が再び組み立てられる姿をお伝えできそうです。